「お酒に酔ったようなフラフラした感覚になったら教えてください。」
笑気麻酔をかけられながら声を掛けられた。
「深呼吸を続けてください。」
そう言われ深呼吸を繰り返す。
20秒ほど経っただろうか。フラフラした感覚がやってきた。
「麻酔が効いてきました。」
私の一言で医師が手を動かし始める。
お酒に酔ってフラフラしている感覚とは始まりに過ぎなかった。
その過程は瞬く間に通り過ぎ、私の全身は白い光に包まれた。
脳は働いている。しかし、体は動かない。
脳以外の全ての機能が停止して体が宙に浮いている気分だ。
これではまるで、水槽で培養されている脳そのものではないか。
気持ち悪さとかはなかったけど意識が持っていかれそうな不思議な感覚であった。
部分麻酔や全身麻酔などを含め、麻酔自体が初めての経験だった。
麻酔すごいなーとぼーっと考える。
その時医師から声が掛かった。
「麻酔強くないですか?」
その一言でハッと気付き現実に戻された。
初めての麻酔なので、強弱なんてわからない。
とは言え意識が飛びそうな感覚を覚えていた私は少し不安になり、素直に「強いと思います。」と答えた。
麻酔が弱まったのか数十秒後には、体が動かせる程度になった。
いや、序盤の強く感じていた時にも体を動かすことができたのかもしれない。
あの時は体を動かそうとは思わずに不思議な感覚を楽しんでいたので、正直なところわからない。
慣れとともに心身に余裕がでてきた。
私は今、両腕は拘束されている。
しかし指を動かすことができる。
指に装着されたパルスオキシメーターを外したら、医師はどういうリアクションを取るのだろうなんてことを考えていた。
もちろん実際にはやっていない。
やるわけないでしょ。
私は良識をわきまえる人間だ。
そうこうしているうちに、オペが終わった。
全身麻酔は一瞬と聞くが、なんとなく理解した気がした。
笑気麻酔ですら、本当に一瞬の出来事だった。
あの時白い光に包まれたの感覚の正体は、オペ室の無影灯の光の強さが原因だったと今になって思う。
〜Fin〜